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一回の遅刻で、三時間の残業追加。
遅刻の理由が寝坊なら、それにまた二時間プラス。
百年以上前、これで白に何度雷を落としたことだろう。
早く起きろ、起きられねぇなら早く寝ろ、そもそも遅刻なんかするんじゃねぇ。
――――そんな台詞が、そっくりそのまま返ってくる日が来ようとは。
否、朝起きることが、こんなに重労働なのだと―――そんなことを理解する日が来るなんて、あの時のオレは思ってもみなかったのだ。
そして、今日もこう思うのだ。
(………あぁ?もう、朝かよ)
別離の百余年が終わって、再会の一瞬が訪れて。
オレ自身の復帰やら、九番隊の建て直しやら、それはそれで大変な時間と労力を要したはずなのだけれど、過ぎ去った今となっては、それはもう一夜の夢の如く。
むしろ――― 同じ一夜の夢なら、今の方がずっと長い。
寝室の大半を占める巨大なベッド。
長年の現世暮らしを象徴するかのようなそれを尸魂界へ輸入してきた時、好奇心旺盛の修兵は、まるで子どものようにマットレスの上で飛び跳ねていた。
子ども………そう、今はまさにそれ。
毎日、風呂上がりの温い身体を抱き込んで、布団の中に潜る。
今やすっぽりと腕に収まるサイズの恋人は、その頃にはもう半分眠りかけていて、それでも時々、絵本を読んでくれとせがんでくる。もっとも、その絵本とやらが終わるまで、修兵が起きていられたことはないのだが。
眠った気配を感じ、覗き込んだ顔の安らかさにそれを確かめ、額に一つキスをして、電気を消す。
そこからはもう、長い長い眠りの時間。
九番隊の隊長に就任してから現世に降り、修兵と再会するまで、こんな風に―――変な表現だが―――全力で眠ったことなどなかった。隊長という職務や現世に追われたというオレ自身の境遇は、寝るときでさえ警戒心を先立たせた。
正直、起きているのと寝ているのと、ほとんど違いはなかったように思う。
無論、今も一定の警戒心は保っている。でなければ、万が一の時に修兵を護ることなど出来やしない。それに………今のオレも、歴とした九番隊隊長なのだ。
ただ、やはり優先順位は異なる。
こんなにも穏やかな時間を、修兵と共有できないなら、ここへ戻ってきた意味などないではないか――― 今ではそんな考えすら笑い飛ばして、ただひたすら眠る。
そして、朝………今日も目が覚めれば、腕の中には変わらず修兵がいる。
オレの手をしっかりと握りしめ、くぅくぅと眠っている。
何の夢を見ているのだろう。
その小さな頬に、時折嬉しそうな笑顔を浮かべて「ふぃ……」と声を上げる。
く………ぅ。
………ん?今のはちょっと違うな。
「修兵?」
「ゅ、ぁ……?」
「腹減ったのか?」
「んー……ん……」
「今、腹が鳴ってたぞ。そろそろ起きるか?」
「ん……おきる……」
「?……おーい、修兵?」
どうやら、今の修兵は少し寝起きが悪いらしい。
まぁ、小さい子どもっていうのは、大概こんなモンなのかも知れないが、修兵以外の子どもを知らないから何ともいえない。
起きるといったそばから「ねむー……の……」と、オレの胸の中に潜り込もうとする仔猫。その身体をこちらから捕らえて一緒に起き上がる。
「う、っしょ……と。修、修兵、起きられるか?」
「ぃぅー、けんせ……ぐるってした……ぁ?」
「ぐるっとまではしてねぇが……あ、わるい、気持ち悪くなっちまったか?」
「んーん、へーき……でも、ふよ、ってする……」
「ふよ?………あ、おい、修……兵」
「―――……」
こりゃ、今日は本格的に寝起きが悪いな。
あぁ、天気のせいかもしれない。大きな修兵も、雨の日には妙な浮遊感がすると言って、かなり億劫そうだった。子どもに戻った今、けれどその体質は健在なのだろう。
かく言うオレも、雨の日には古傷がじくじくと痛むのが常。
であるならば、このまま寝坊することはオレ自身も望むところ。だが、朝一から入っている瀞霊廷通信編集会議には編集長として顔を出さねばなるまい。
「修兵、駄目かー?」
「ぁむぅ……」
うん。駄目らしいな。
膝にのる重量は、修兵が眠っているときのそれ。こてん、と預けられた頭を撫でてやっても、目蓋は開かない。
「しゃーねーか」
着せ替え人形の趣味はないが、このままゆっくり出来ないことも事実。
幸い、今日の寝間着は修兵も浴衣だ。帯を引き抜いてしまえば、あとは一枚布を身体から引きはがすだけ。
「よー……っと……」
起こしたいはずなのに、何故か慎重な手つきになる自分に苦笑する。
起こしたいのはオレの都合。
でも……そうか、寝顔を見ていたいのもやっぱりオレの都合か。
「さーってっと、今日は何だったっけ?」
そっと腕を伸ばしてベッド横に積み上がった服を取る。仕事があるオレは当然いつもの死覇装だが、修兵はそうはいかない。いや、オレは別に小さい修兵専用の死覇装でも良いと思っているのだが、周りの連中がそれを許してくれないのだ。
「今日は………あぁ、京楽の持ってきたやつか」
普段死覇装の上に羽織っている派手な着物の趣味からも察せられるような、艶やかな子どもサイズの着物。どこで見つけてくるんだか、こう言う柄物。帯もまた色鮮やかなのに、しかし着せてみればどうしてか調和が取れてしまうのだから不思議だ。
まぁ、ともあれ無事に着替えは完了。
原色乱舞の修兵をもう一度ゆっくりベッドに横たえてから、壁に掛けてある死覇装を取りざっと着替えをすませる。
修兵はまだ起きずじまい。手と顔を洗わせれば起きるだろうか。
(しっかし、いつになったら底が見えるようになるんだかなぁ?)
元々子どもっぽいところもある修兵のために発注したこのベッドは、普通のものと比べてかなり高さがある。マットレスを計算に入れれば、オレ達が眠っている場所から床まで八十センチ弱。結構な高さである。
ところが、その高さとほぼ同じくらいになっているのが修兵の服を入れた籐籠。
誰がもってきたものだか、もう覚えてはいないが、これがここに設置されたのと前後して定められたルールなら今も健在だ。
「修兵の服を買ってきた者は、籠の一番下にそれを入れておくこと」
結果―――この斜塔である。
一週間たっても二週間たっても籠の中身は減ることはない。しかもこの籠に入れられるのは新品に限られていて、つまり――― 一度袖を通した服が、まだごっそりと存在するのだ。
日替わりどころか半日替わりになるほど修兵の服は多い。
「おーい、修―……おきねぇのかー?」
「………ふ?」
「おー、そうそう、起きろー。起きねぇと、オレも寝ちまうだろー?」
そんな風に、つい口を滑らせた本音に、もそもそと動く身体。
まだ起きたくないと、身をよじらせる様子が可愛らしくて、ついつい手が構ってしまう。
ぷくぷくと膨らんだ耳たぶをこしょりと引っ掻くと、ぴくんっと全身を揺らした修兵が、ここでとうとう目を覚ました。
ただ、どうも良いタイミングではなかったようで、
「むー……けーんせーぇ」
そう言って、ぷくっと頬をふくらませてオレを見上げてくる。
ちょっとだけ拗ねたような、けれどその大半が甘えたな声。
何をして欲しいかが、手に取るようにわかる。
試みに頬を撫でてやると、ふにゃ、と眠たげな笑顔が零れる。
「けーんせ……」
「ん?なんだ?」
「……ん、とね、おはよごじゃますのちゅぅ……」
そう言って、柔らかい頬をこれまた柔らかい色に染める。
愛とか恋とか言う言葉では表しきれない、純粋にオレを好きだという魂の色―――愛でるようにそれを眺めていると、もう一度可愛い声が問う。
「けんせ……ちゅぅ、だめ?」
「………駄目なわけねぇだろ」
まずは額に、小さな鼻の頭に、桜色の頬に、そして白玉のように柔い唇に。最後に降りていた目蓋をかすめてやると、紫黒の両目がぱっちりと開いた。
「起きたか?」
「んー………うんっ…おはようございます、するっ」
「おー、よしよし。えらいぞ、修兵」
「ん!けんせ、おはよーございます、なの!」
「おう、おはよう」
そして、朝一番の全力抱擁。
柔らかくて甘い香りがする、修兵の温度。
それはまるで、春の午後の温かい大陽の下にいるかのようで。
「んー…………駄目だな」
「?………けんせ?」
「あー………わりぃ、修兵」
「?」
「もちっとだけ……寝よう」
そう。抗えないもんはしょうがない。
白が今日もニヤニヤと笑うのは目に見えていたが、この時間には代え難い。
かくしてオレは、また眠る。
二度寝の原因―――否、二度寝の幸福を教えてくれた修兵と共に。